2008年12月28日日曜日

自分が先に語りたいという気持ちについて

たとえば、ちょっと書きたいことがあったとして
でもすぐには、まぁ資料集めてるでもずぼらででもいいけど
すぐには書かなかったりすると、そしたら
いやそういう前提がなかったとしても
書きたかった事を先に他の人がブログなどで書いてしまったら
そしてそれを自分が読んでしまったら
なんだかもうそれについて書く気力が無くなったり
嫌になったりしてしまう場合が時々ある

で、こういうのは後から似たようなこと書くと
先に書いた人を似たとか影響受けたとか思われるかも知れなくて
そう思われたくは無いしでも知らなかったとか偶然と言っても
信じてはもらえないだろうし、それに
既に書かれたのだから自分が書く必要はないんじゃないかと
そんな気にもなってくるし疲れるし
やっぱり自分が思いつく事なんて誰でも思いつくんだ
自分のオリジナリティなんて無いなと思うし
そういう理由でも気が滅入るし

でもこういう、先に誰かにやられてやる気を無くす、
という感じって言うのは、もしかしたら
どこか処女信仰的な感覚に近い部分があるのではないか
って考えたり考えなかったりしているのであった

ほんとに書きたい事なら真似だと思われようが
なんと言われようが書くべきじゃないのか
そんな風にも思ったりもしていて
他の人がやってないことにのみ価値があるわけじゃないだろうと
そういう思いもあったりなかったりもするし

で、自分の評価なんてのは、それ以後も書き続けて
書き続けたことの総体を見て貰うしかないんじゃないかとか
そうした時に、他の人と似た事も似てない事も見えて
誤解があっても薄れる面があるんじゃないかとか
そういう思ってもいないことも思いついたりもする
いや評価されたくて書くわけでもなんだけど
ないんだけども

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