2009年5月29日金曜日

本宮ひろ志の『まだ、生きてる…(2)』が

最終回で終わってビックリした。
ビジネスジャンプで連載していて面白かったのに
なんか4話で終了って打ち切りか何かなのかなあ。
ヤングアニマルで連載してる森恒二の『自殺島』と
サバイバルを違うアプローチで描いていて楽しみだったのに。

今少年漫画に足りないのは本宮ひろ志みたいな
ああいうやぶれかぶれな漫画と思うんだけど
ああいう大味な勢い重視の漫画の需要はないんかなあ。
本当に面白いと思ってただけに残念。

これの前の話である『まだ、生きてる…』を
新古書店で偶然見つけて読んで面白かったのが
(2)に興味を持ったきっかけだったんだけど
久しぶりに『男樹』とか読みたくなってきた。

みずほ銀行

ちょっとした買い物をしたので
初めてみずほ銀行で振り込みしてきたんだけど
お客の係かなんかの人が色々教えてくれて
何とか窓口で振り込んできたのだった。

普段使うのは郵便局だし銀行もATMばかりなので
久しぶりの窓口だったわけなんだけど
最近の銀行はああいう係の人がいるのが普通なんかな

俺はありえないくらい常識がないので
色々教えて貰えてありがたかったんだけど
慣れてる人は声かけられるだけで面倒に思うかも?
まぁお客への声かけは防犯目的もあるんだろうけども。

とにかく無事に用事が済んでなによりだった。
みずほ銀行の手数料は高いと思ったけど
まぁ今回は助けてもらえたし良いかなって感じ。

2009年5月26日火曜日

ネット上の質問について。

あーもうなんで知識もないのに答えたくなっちゃうんだろ。
本当は知ってる人が答えればいいしそれが確実で安心なのに
なんか知らないことを調べてでも答えようとしてしまう。
まぁ実際に答えることはあまりないんだけど。

もしこのまま誰も答えなかったらどうしようとか
ここで自分が答えなければこの人見捨てる感じになるんじゃないかとか
そういう変な不幸物語を自分の中で作り出して答えたくなってしまう。
厳密には答えたくなる時とならない時があるんだけど
そのスイッチは何なのかよく自分で分かってない。

こういう感覚って一体なんなんだろうなあ。
教える側に立ちたいとか尊敬されたいって感情なのかな
もちろんそれはある。でもそれだけじゃない気がしている。
ネット上の質問で答えになってない答えを書いてたり
明らかに自分は知らないけど検索して答えました的なものを読む時
そういう人達も自分の同じ感覚で答えてるのかなって思ったりする。
実際の動機は答えた本人に聞いてないし分からないんだけど。

誰か質問してないかなあ。
答えた人に、なぜ答えようと思ったんですか?って質問。

俺はネットに入って間もない頃にチャットなどで色んな事を
教えてくれた人に対して今でも本当に感謝してるし
助けてくれた時は凄く嬉しかった。
そういう感情を持っているから答えたくなるっていうのもある。
良き人間でありたいとか、良き父親、兄、大人でありたい、とか
そういうロールプレイをしたいのかも知れない。
よく分からない。

でも本当の本当は
やっぱり知ってる人が答えるべきなんだ。
じゃないと間違った知識を教えかねないわけだし。
でも答えてもらえない質問があちこちにあって
そしてネットを徘徊する人に答える義務があるというわけでもなくて。
そこが難しい。
結局答えたい人が答えるのであって
知ってる人が答えたくなるか全然分からないし。

似た質問ばっかりしてうんざりするって気持ちも分かる。
でも同じ質問や疑問を聞いてしまう気持ちも自分なりにわかる。
気がする。
本当は質問じゃなく誰かと会話したいのかも知れない。
質問する事でしか接点を作れない人もいるのかも知れない。

子供が同じ物語のお話をしてもらうのを親にねだるのに似て
自分が多少分かっていても、むしろ知ってるからこそ
知ってることを聞きたいのかも知れない。
他人同士が同じ事を知っているという事を確認して
何か安心できることもあるのかも知れない。

答えには既に検索して知ってる事柄をがあるかも知れないし。
自分が調べた以上の知識を求めているのかも知れない。
よく分からない。

白いヒゲ

年を経ているせいか顎ヒゲに白いのが混じってる昨今だけれども
この白いヒゲというものは、半透明で魚の小骨のような感じだ。

2009年5月25日月曜日

2009年5月22日金曜日

夜の11時を過ぎているのに

なぜ飲み屋の前ででかい声でしゃべるかなあ

2009年5月20日水曜日

検索ワードランキング。

Yahoo!やGoogleの検索キーワードのランキングを見ると
テレビの、特にバラエティの影響力って強いんだなと改めて思う。
ただそのほとんどが既に有名な人間やお店、物事だったりするので
全く知らない事を聞いて一斉にそれについて調べてるのでもなさそう。
検索には何となく知ってるけど詳しくは知らないって事が重要なのかな。

2009年5月17日日曜日

良い思い出を思い出す事について。

死神というのは良い思い出のまま別れた恋人のような風貌で夢の中やふとした時に現れる。その記憶は時に甘く苦しくて、つい懐かしんでしまうのだけど、それは死神がこっちへこいと導いているのだ。 その先は死なのだ。

BRUTUS「オトナのマンガ。」特集を購入。

590円は高いと思った。良くて300円弱かな。
もし中身確認してたら買ってなかった感じ。

誌面で「オトナが読むマンガのパイオニア」を
ガロと定義してて、それは大人っよりマニアっていうか
大衆向けじゃない漫画なんじゃないのって思った。
今漫画を読む大人はオタクなんだって意味でなら
分からなくもないけどそういう意味を含んではいないと思うし。

本宮ひろ志も表紙の割りには対談1ページの半分で残念。
最近『まだ、生きてる…(2)』が面白くて気になってるんで。
漫画家と他のジャンルの人とを対談したりコラボさせたのは
漫画や漫画家単体では売りとして弱いって判断なのかなあ
普段読まないんで雑誌の傾向をよく知らないけれども。

この雑誌の特集にも井上雄彦が取り上げられていたけど
昨今の井上雄彦と浦沢直樹の持ち上げ方が自分には分からないや。
でもマニアック過ぎない漫画が今の漫画の顔の1つになるのは
それはそれで良いことのような気にもなったりする。
なんていうかもっと節度を持って持ち上げれば良いのに。

個人的に今雑誌で必要な特集は子供漫画だと思う。
親が子供に買ってあげたい漫画特集でもいいし。
自分が行く時間帯に子供が少ないせいかも分からないけど
立ち読みできる書店や新古書店行っても子供はほとんどいない。
立ち読みしてるのは中学生以上くらいの人ばっかりかな。
まぁ体格の大きい小学生とかいるだろうけれども
子供が漫画を読まなくなってるってのは本当かも知れない。
低学年向けの漫画雑誌は今コロコロだけなのかな。

あと20代後半や30代でデビューの漫画家が増えたらいいのに。
ってかそういう年齢限定な漫画賞とかないんだろうか。
色んなジャンルの漫画があるのに漫画家の種類が少ない気がする。
気がするだけだけど。

2009年5月16日土曜日

なんか疲れた

色々憂鬱だ。
疲れてると体の疲れか精神の疲れか分かりづらくて困る。
案外風邪うつされたのかも知れない。

2009年5月15日金曜日

弱い人に暴力を振るうという事について。

どちらかというと弱い人に暴力を振るうんじゃなくて、その人の持つ暴力を嫌ったり暴力は駄目だというモラルを利用してその隙を突くんじゃないかと思った。 相手がやり返してこないからやるってのがその理由だ。 だから暴力は行けないけど場合によっては嫌でも振るわざるを得ないのだと教えるべきな気がする。 それは今の子供達に他人を信用するなと教える事が、場合によって安全から子供達を遠ざける事にもなるのと似てる。 気がする。

2009年5月13日水曜日

メールでブログ更新のメリットについて。

前にも似たこと書いた気がするけれども

一番のメリットは更新する時に
自分の書いた文章を見ずに済む事だと思う。

どっちにしろ後でラベル付けたり誤字直したりするし
全く見ないわけにはいかないんだけども
ブログって感じが薄くて気楽に更新できる。

更新する時に、それまで書いた事との関連や
関係性を意識せずにいられるからってのもあると思う。
思いついたことを投げっぱなしにしてる感覚が楽だし。

ただメール更新で一番不便なのは
改行のない文章を作れないって所かな。
やり方を知らないだけかも知れないけど。

親切をお断りする事の難しさ

人はなぜ誰かからの親切心を断った後
その相手との関係がこじれやすいのだろうか。

おそらく親切心からの行為には、その人のモラルや
考え方、生き方が色濃く出るからじゃないかなって思う。
モラルや生き方を否定されたと無意識にでも受け取るから
どんなに丁寧に断られても釈然としないものが残るのではないかな。

親切心にも礼儀ありって言うか
親切心にも「つまらないものですか」の精神が必要な気がする。
だからって何かが解決するわけでもないかも知れないけど。

老後について。

老人の介護問題がよくニュースで話題にされているけど
この一番の原因は長寿のせいじゃないかなって思う。
健康に暮らせないほど長生なのが全ての問題じゃないのかなって。
だから健康なうちに寿命で死ぬっていうのが一番幸せなのかなと思う。
その場合の健康というのは一人で問題を解決できる状態って意味で。

誤解の無いように書くけど両親に早めに死んで欲しいって意味ではなくて
自分の老後で人に迷惑かけたくないって思うからなのだけども
長生きを安易に肯定するのはどうなのかなって思う。
これはあくまでも寿命の話であって自死を肯定は絶対しない。
でも寿命が短くなると老後の健康問題も低年齢化したりするのかなあ。
今より短命と言われる時代の人は老後どんな感じだったのだろう。

2009年5月11日月曜日

地デジ

俺の母親はこの前、数年前に買った液晶の地デジテレビを見ながら
「このテレビもチューナー付ければデジタル放送見れるの?」
って言っていた。地デジの普及率だけ上げるのは違うんじゃないの。

作品論じゃないと。

アニメでも映画でも何でもだけど、
作った人間の事をあれこれ言うために
作品を利用するってやり方は好きじゃない。

作品を、それを書いた作家がどんな人間なのか
読み解くための道具扱いにするのは作品論ではないと思う。
作家について語るなら作品論以外の自伝とかやればいいんだと思う。

朝になると、

あの、雨戸だか何だか分からないけど、家とか住宅のベランダに取り付ける金属的な、外から中を見えないようにする簡易扉みたいなのを、ほんと毎朝なんだけど開ける時に、ガシャン!って凄い音で開ける人が近所にいるんだけど、そういうのが聞こえると寝ててもビクってするんで困る。 近所に飲み屋があって、深夜に車のドアを、バン!って閉める音も本当に困る。 もうちょっと気遣ってくれるとありがたいです。

2009年5月10日日曜日

なんだかなあ

それは本当に言いたかった言葉なんだろうか
侮蔑的な言葉を使っても良いと思わされてるだけじゃないのか
誰かを憎ませようとしてる人の思惑に乗ってるだけじゃないのか
どんな言葉も言ったからには自分の責任になってしまうのに

えっとね、

世の中には馬鹿しかいないんだから
お前が馬鹿だって事は気にしなくて良いんだよ


そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせるの巻。

時々人に言ったら怒りそうな言葉を思いついては
想像して楽しむんだけど、他の人はそう言うことしてるのかなあ。

映画などで言われる良い脚本って

たぶん構成や台詞回しの良さなんだと思う。
自分は脚本の役割っていうのがずっとピンとこなくて
良い物語を良い脚本って感じで大まかに思ったりしてたけど
以前、オムニバスTV映画の『愛と不思議と恐怖の物語』の1本
「浴槽の死美人」を観て少し分かった気がしたのだった。

なんていうのかな、短編で上手くまとまってるんだけど
そつなくまとめたせいで構成の骨格が分かりやすいっていうか。

その場合の構成とか骨格って何っていうと上手く言えないんだけど
ここでこう取りますよ、こういう台詞をこのポーズで言いますよ
っていう段取りの流れを、勘違いかもだけど感じられるっていうか。

必要なシーンや演技や立ち位置・カメラポジションがあって、
それらがそれ以上のものではないっていうか、相乗効果で
何倍にもなってるわけではないっていうのかなぁ。
映像のマジックによって構成が陰に隠れていないというか。
面白いんだけどこじんまりとまりとまとまりすぎ?
そういう風に思える作品だった。
一度コンテに起こしてコンテ通りに撮ったのかなあ。
だからどっかしら固いって感じに思えたのかな。

監督はケネディ・テイラーという人で
Kennedy Taylorで検索したら
キル・ビルvol.1や『呪怨 パンデミック』の
助監督をやったりしているようだ。


このオムニバスには黒沢清監督も参加していて
その作品は「タイムスリップ」という設定の元に
俳優に同じ事を延々と繰り返させる、というものだった。

まるで撮影シーンで同じシーンを何度も撮り直してるみたいだったし
8ミリ時代に撮った固定カメラでエレベーターの中から
上がったり下がったりした後ドアが開いたり閉じたり
人が出入りする光景を延々と撮っていた作品にも近いと思う。
面白いがオチも物語もなくかなり投げっぱなしな作品で
同じくり返しの中で主演の大杉漣がアドリブをかましたり
疲れてやつれたりしているのを観ることが出来る。

この黒沢脚本ではおそらく良くできた短編にはならないだろう。
というより良くできた作品を目指して脚本を書いてないのだろうし
物語を小気味良く映像化するという気もないのだろうと思う。
だから、「浴槽の死美人」とは対極の作品だと思った。
黒沢清監督の立ち位置を確認出来た気がした。

そして、この2つの作品の違いから
脚本について何か掴めそうな気がしたのだった。 ちなみに
鶴田法男監督も参加していてその違いも気になってるんだけど
ほとんど覚えていないのと観た当時から上手く消化できてない。

漫画やアニメってのは

見たい人や見る可能性のある人全てに開かれてるべきなんだ
だからアニメや漫画に詳しい人だけが見るべきものとか
詳しくない人は語っちゃ駄目って価値観は良くないと思うんだ
マニアは居て良いけどマニアだけのものではなくて
そこを自分の居場所と思って良いけど
自分たちだけが居て良い場所と思っちゃだめなんだ
知らなきゃ語るなって言うのは一面の真理だけど
知らない人でも気軽に語れるのが風通しの良いジャンルなんだ
漫画やアニメは大衆文化なのだから。

買い物

無印良品でポテトチップスとスモークチーズパウダーを買って
ついでに書店へ入ってCUTのエレカシの宮本とCHABOの対談を読んだ。

どちらもネットの情報で知ったもので
ポテトチップスはポテトの量が少ないなぁとか
厚めなのは振っても割れにくくするためかなぁとか
思ったりしながら後で食したけれども。

清志郎が死んだ月に発売されている雑誌で
宮本と元RCのCHABOが対談しているなんて不思議だ。
記事を読んでいる間なぜか、頭の中では
エレカシのファイティングマンが清志郎のボーカルで鳴っていた。

2009年5月8日金曜日

エキサイトのニュース記事は

"続きを読む" をクリックせずに全文読めるから楽で良い。
前からそうだったかはちょっと思い出せないけど
クリック数増やしのために何度もクリックさせるのはホント面倒。

相談コミュニティ

偶然知ったサンマリエっていう結婚情報サイトの
ユーザーから来た相談にサイトの人などが答えている
恋愛相談のログを遡って読んでたんだけど
遡ると大ざっぱで荒い返答がけっこうあって笑った。
岡田斗司夫も回答してたなあ
途中で読むのやめたけども。

最近のものは読みやすく親身に傷つけないような語り口になってた。
まぁナンバリングが大きいほど新しいってのを前提にした話だけど。

前は発言小町とかはまって読んでた事もあったけど
結局他人の知らなくて良い悩み事を読むのって疲れるや。

2009年5月6日水曜日

右寄りだ左寄りだなんだという喧噪が

ほとんどの人に与えた影響ってのは
何かを批判したり抗議するとレッテルを貼られて
抑圧されたりおかしな人扱いされるって事だと思う。

判断が難しいのは批判や抗議をする人の中には
左右の主義の人や本当におかしな人もいるって事だけど
抗議活動自体格好悪いものとして思われてたりもする
結局こういうのって体制側の都合の良いような
空気が作られてるって事なんじゃないのって思う。

最近たまに、日本の消費者は表だって抗議はしなくて
ただその商品を買わなくなるだけだ的な言説を見かける。
要するにそういう形での見えない抗議・態度が日本的
って意味なんだけど、それはただの消費活動の普通の
一面でしかないんじゃないのって思う。
表だって抗議しない事を肯定しても
抗議することをやわらかく抑圧するのと同じな気がする。

今一番求められてるのは誰もが真似したくなる抗議活動
格好悪くない批判や抗議のスタイルじゃないかと思う
でも主張したり反論したり何かを証明するって事は
元々とても泥臭く見える事なのかも。

書きたいことを思いついて

実際に書いてみると全然まとまらなくて
分かりやすく説明しようとして冗長になって
結局辞める事になる、ということを繰り返す

どうして自分の書いた文章が目に入ると

不快になったりするんだろうか。
別にいつもってわけじゃないけど
目を背けたくなるのだよな
それがよく考えて書いたものであっても。
そこに虚勢が見えるからだろうか。分からない。
自己文章評価が低いってことだろうか。

2009年5月5日火曜日

pngのどうでもいい話

pngは可逆圧縮だーー!って話は今でもわりと見かけるけど
圧縮したpngをデコードした話は全然見かけないな。
結局可逆圧縮のメリットを享受してる人ってどういう層なの。

2009年5月4日月曜日

文章を書く時に

変にオチや落とし所を探してしまうのが嫌だな
もっと書きっぱなし出来るようになりたい
自分は結論や結末を書きたいわけじゃないんだから
オチがあって当たり前という考え方は違うんじゃないかと思う

空港のインフルエンザ検査で

新型の陽性陰性が話題になってる昨今だけど
あの手のニュースを見たりして思ったのは
旅行者は結構インフルエンザに罹ってるんだなってことだ

トップ2について少し

僕はアニメのトップをねらえ2!がとても好きで
同時にFLCLも大好きでつまり鶴巻監督作が好きってわけだ。
ただ力の喪失について、もっと理屈ではなくカタルシスとして
描いて欲しかったという思いはある。 なので
後輩の作ったグレンラガンの後何を作るかが凄く気になってる。
でも作り直しヱヴァがあるから大分先になるんだろうなあ
個人的には鶴巻監督と磯監督に一緒に仕事して欲しいけど。

2009年5月3日日曜日

自分の会話のテーマは

言っても仕方ないという思いにどう抗うか
それと言うべきでない事とをどうはき違えないか
という事なんだと思う。

要するに喋りたいという欲求をどう上手く叶えるかって事だな

忌野清志郎が死んだ

なんだか不思議な感じだ
全然死んでないみたいだ
でもやっぱりショックだ
RCのMARVYしか聞いたことない俺ですらショックだ
MARVYとスカイパイロットとI LIKE YOUが大好きだったよ

2009年5月2日土曜日

遺伝子操作された生物が増えることで

もとからあった原生植物や動物に影響を与え
もとあったものが絶滅したり減少するってのは
一時期はやったシミュラークルが跋扈するだとか
複製品で世界が埋まるっていう言説そのものだなあ

アニメ・漫画関係でなら
たとえばメイドとかが元の意味から大きく変わって
その変わった物こそがスタンダードになってたりするけど
そういう文化だけじゃなくて生き物自体が変わるってのが
凄いし怖い。

眉毛を観察してると

まばらに伸びるなーって思ってしまう。
一律に伸びないのがなんだが不思議だ。